S.K.Y. 〜決戦前夜〜



「頼みたい事?」
 きょとんとして、その四つ年上の少女は焼き上がったパンを棚に並べる手を止めた。
「あたしに?」
 眉間に皺を寄せることはなく、そのあっけらかんとした表情のまま小首を傾げ、もう一度問う。
「ええ」
 問われた少女は答えるが、その声色には棘があった。
 元々本意ではなかったのだ。こんな一般庶民に手を借りるなど。 しかし実際問題、十年ぶりに帰ってきたこの土地で、知り合いと名の付きそうな者を思い浮かべても、悲しいかな浮かんだ顔は五つ。しかもその内今回のことを相談出来そうな相手は三人で、しかし内一人は絶対に頼りたくはなかった。
 故に頼み易さや了承してくれそうな確率等を考慮して、結果、比較的歳の近いこのパン屋の娘――確か名前はエル・ラーゲンとかいったか――を相談相手として選んだのだ。
 もう一度念の為に言っておくが、これは本意ではない。決して。断じて。絶対に。
 すぅっと息を吸うと、意を決して、その銀髪の少女は口を開いた。
「チョコレートの作り方を、教えていただきたいのです」
「…………」
 エルのブラウンの瞳には、確かに自分の姿が映っている。
 だが、彼女は無言のまま、何か言葉を発する様子はない。
 やはり、人にものを頼む態度としては、些か角が立ち過ぎていたか。それとも、話が突飛過ぎたのか。
 少女――ロットヴァイル・ローゼンハイム……通称ロットは、頬を少しばかり赤らめて、そのルビーの様な赤い瞳をエルの眼から逸らして言った。
「あ、明日はヴァレンタインでございましょう? わたくしとしても、ダルム様に何か差し上げねば、という心持ちでして……その……」
 ちらりと見たドアの外には、心なしかいつもより目深に帽子を被った黒尽くめの長身の男が立っている。
「ナ、ナウエンが、手作りチョコに勝るものなし……と、言うものですから……でも……だから……」
 初めの勢いは何処へやら。
 しどろもどろになり、最後の方は殆ど言葉にならず、口の中でもごもご言っている状態だ。
 カタン、と金属の板が木製のテーブルと触れ合う音が聞こえ、次の瞬間、ロットは自分が頭を撫でられていることに気づいた。
 はっとして、顔を上げる。何時の間にか、俯いてしまっていたらしい。
 そこにあったのは、エルの笑顔だった。
「よし。じゃあ作ろう。一緒に」
「ほ、本当ですのっ!?」
 ロットがぱあっと表情を明るくし、言う。
「うん。本当、本当。丁度あたしも、今夜作ろうかなって思ってたところだから」
 エルのその言葉を聞くと、ロットは自分の頭に乗せられているエルの手をがしっと掴み胸の前まで引き摺り下ろして、キラキラと瞳を輝かせて言った。
「有難う御座います。感謝致しますわ、エル御姉様……!」


 テーブルの上に突っ伏して、ダルムは今日何度目かになる同じ台詞を口にした。
「……明日、どうやってエルから逃げよう……」
 それに返答があったのは初めの数回だけで、今は最早返答など期待しない、ただの独り言であったのだが。
「ダルム、最新情報だ」
 コーヒー片手に、壁にもたれ掛かる姿勢のまま、ルーヴィスが言った。
「エルとロットが手を組んだ」
「――っ!!」
 その瞬間、ダルムは明日の地獄を確信した。


END



   あとがき

 どうも、石田美咲兎です。
 バレンタイン特別企画と言うことで、書いてしまいました第二弾「S.K.Y.〜決戦前夜〜」、お楽しみ頂けたでしょうか?

 決戦前夜と言っても、ほんの一部に過ぎませんね。
 本当に恐ろしいのはこの後……そして翌日。
 忘れていたり本編を読んでいない方にとっては全く意味不明のネタなのでここで補足しておきますが、エルは絶対殺人ぶ……ではなくて、自動殺人料理製造機です。天然なのか、(おそらく)本人の意思とは関係なく、殺傷力抜群の料理を作り出します。
 そのくせパン屋の跡取り娘だから恐ろしい。
 さあ、果たしてダルムはバレンタイン当日、エルとロットから逃げ切れるのか……!?

 本当はルーンも仲間に加えるつもりでしたが、ロットが断固拒否するだろうなと思い断念。
 しかし、彼女らのチョコ製作現場を生中継したかった……!
 でもしなかったのは、まあ、色々察して下さい。

 今回はロット主体ということで、ダルムの一人称では無理だったので、三人称です。
 いや、ロットの一人称でもよかったんですけれどね……最近三人称の方が筆が……。

 それでは、また何処かでお会いしましょう。
 もしかしたら、またこの特別企画で……。


2007,2,24(Sat) 石田美咲兎