アカツキ 〜その箱に詰まったモノ〜



 フェンサリル――大陸の中心、フォルド公国の、その北西端に位置する町。
 四方を森に囲まれたその町も、冬には木々の葉が落葉し、寒々しい様相になる。
 殊更に今日は、昨夜から降り続いた雪のお陰で、辺りは一面の雪景色だった。見た目にも、実際にも、寒さを増す。
 しかし積もっているのは幸い数センチほどで、人の活動にそれほど影響を与えているわけでもなかった。市場はいつものように人で賑わい、子供たちはこれ幸いと雪玉をぶつけ合い、はしゃぎ合っている。
 ぶべしっ。
「…………」
 その雪玉の一つがベンチに座っている黒髪の男の顔面に見事に直撃し、男は本を読んでいたその姿勢のまま、視線だけを上げて雪玉の投擲主を見た。
 見た、だけだったのだが。
「ご、ごごご、ごめんなさいぃいいいっ!!」
 雪玉の主だけではなく、一緒に遊んでいた子供たちまでもがひいっと悲鳴を上げて一目散に走り去って行く。途中で一人がこけたが仲間は誰も気づかずに、その子供は起き上がると目に涙を浮かべて仲間の後を追って行った。
 子供たちが逃げて行ったのは、何も、男の隣に長大な槍が立て掛けられていたからではない。
 この世界で最大最強と謳われる『多国籍傭兵ギルド〈スルーズ〉』が居を据えるこの町で、傭兵たちが武器を身に着けたまま闊歩している様は、全く珍しいものではないからだ。
 故に、子供たちが逃げて行ったのは、
「あははははははっ」
 背後で、笑い声。近づいて来ていた気配はあったので、男は特に驚く様な素振りも見せず、視線を再び本へと戻した。
 無視されることには慣れているのか、銀髪のその男――ティレニアは笑みを崩すことなく言葉を続けた。
「アカツキ、お前、何睨んでんだよ。子供たち皆逃げちゃったじゃないか」
「……睨んでない」
 男――アカツキは本に視線を落としたまま、ぼそりと呟く。確かに彼は視線を向けただけで、睨んではいない。
「お前はそうでも、殆どの奴には睨んでるように見えるんだよ。それにお前は、あまり好印象を持たれてないから」
「…………」
 ティレニアが苦笑しながら言う。否定する気はないのか、それとも読書に没頭しているのか――明らかに前者であろうが――、アカツキからの返答はない。
 正直、確かにアカツキの評判は良いものではなかった。彼の傭兵としての腕やギルド長ライラット・フォン・スルーズの彼に対する扱いの違いに恐怖し、嫉妬し、恨めしく思っている同業者は大勢いるし、何より無口無表情という彼の性格と人相が手伝って、仕事とは関係のない町の住人にまでも恐れられる始末である。
 仕舞いには、アカツキの血の様な赤い眼に睨まれた者に明日はない――そんな根拠のない噂が独り歩きを始めるほどだ。
「何読んでるんだ?」
 頭上から、ティレニアの言葉が降る。
「この間ナセルに押し付けられた。何処が面白いのかさっぱり……、?」
 急に頭にずしりとした重さを感じて、アカツキが言葉を止める。眉を顰めて視線を上げると、自分の頭よりも少しばかり大きい段ボール箱が頭の上に乗っていた。
「……何だ?」
 言いながら本をベンチの上に置き、段ボール箱を膝の上に降ろす。
 そこにあったのは、包装紙に包まれリボンを巻かれた大量の小箱だった。
(チョコレート……?)
 胸中で呟く。流石のアカツキでも、それくらいの察しはついた。
 最近どうも町の――特に女たちの様子がおかしいので、行きつけの店の女店員に聞いたのだ。何かあったのか、と。そうしたら何故か一瞬きょとんとされて、もうすぐバレンタインなんですよ、と笑われた。
 しかし、その女店員に聞いたことが間違いでないとすれば、バレンタインとは、確か、好意を寄せる相手にチョコレートを贈り、愛を告白する行事ではなかったか。
 ならばこれは、まさか……。
 アカツキはベンチから立ち上がり、ティレニアの方に向き直った。ティレニアは相変わらず、微笑を浮かべている。
 アカツキは段ボール箱を抱えた腕をティレニアの方へと伸ばし、その金色の瞳をしっかりと見つめ、はっきりとした口調で言った。
「お前の愛は受け取れない」
「は……?」
 言っている意味が分からないというような表情でティレニアはしばし動きを止め、漸くその意味を解した時、彼の顔にいつもの笑顔はなかった。
 怒りでも嘲笑でもなく、ただ大真面目な顔で口を開く。
「馬鹿かお前は。きっとお前は一つも貰えないんだろうなと思って、オレは貰いすぎて困ってたから、分けてやろうって言ってるんじゃないか」
「…………」
 しばしの沈黙、赤と金の視線が絡み合い……。
 先に口を開いたのは、アカツキだった。
「そうなのか?」
「そうだ」
 表情を全く変えずに即答してくるティレニアに、アカツキはそれ以上何も言えなかった。


END



   あとがき

 どうもお久しぶり、石田美咲兎です。
 前回アカツキのあとがき(の追記)で「それでは、次はS.K.Y.3でお会いしましょう!」などと言いながらまたアカツキです。
 しかも特別企画、バレンタイン編ですごめんなさい。
 チョコレートケーキだと思って食べたらコーヒーの味がすることがかなり高確率であります。石田はコーヒー駄目なんですごめんなさい。

 と言うことで、お送り致しました「バレンタイン特別企画 アカツキ〜その箱に詰まったモノ〜」、楽しんで頂けたでしょうか?

 実はこれ、去年の二月辺りから四コマ漫画で描こうと画策していたんですが、如何せん当時――表向きは――受験真っ最中でしたし、私の手が思った通りの絵を描いてくれないこともあって、気がつけば後半月、もう文章で書くしかないと、来年度の学年を懸けた大切な試験期間中にカタカタ書いてしまったわけです。
 何と言うか、正直、アカツキにあの言葉を言わせたかっただけ。
 アカツキって、良く言えば純粋なのかなあ、などと思ったり……。

 先にも言ったように元は漫画のつもりだったんですが、文章で書けて、結果良かったと思っています。
 アカツキの顔面に雪玉ぶつけられましたし、ね。
 今回は書きながら、初めから最後まで独りで腹抱えて笑い転げていました。誰かが見たら確実に変な人です。
 しかし、本当に楽しかった!
 シリアスもいいですが、たまにはこういうのもいいですね!

 それでは、また何処かでお会いしましょう。
 願わくば、S.K.Y.3で……。


2007,1,30(Tue) 石田美咲兎