曇り空、その向こう



「戦争?」
「そう。戦争」
 少年のあっけない――だが真剣な顔つきでの返答に、少女はただ困惑した。
「……嘘」
「本当だよ」
 少年は、うっすらと笑みを浮かべる。争い事など全く似合わない、柔らかな笑み。
 少女は鼓動が速くなるのを感じ、胸を――その上に付いた赤いリボンを握り締めた。
「せ……戦争なんて、大人たちが勝手に始めたことです。どうしてあなたが、そんなものに加担しなければならないのですか?」
「…………」
 少年が一瞬、表情を曇らせる。
「……近いんだって」
「何が、ですの?」
「……敵の軍隊。今、スタギラ――知ってるよね? 谷を挟んだ向こう側の町だよ――に向かってるらしいんだ。後一ヶ月もしないで、着くんじゃないかって話で……」
 少年はそこで、ぷつりと言葉を切る。
 少女は、震える体をどうにか制しながら、呟くように言った。
「……行って、しまわれるのですね」
「……うん」
 少年は、小さく頷く。
「こ……心変わりは、いたしませんの?」
 少女が急に、声の調子を変えて言った。まるで、冗談でも言うように。
 その顔には、必死の笑顔が張り付いている。
 少年は小さく笑うと、再び柔らかな笑みを浮かべて言った。
「敵の戦力もかなり落ちてるみたいだし、スタギラで止められるんじゃないかって話だよ。そうすれば、この町は平和なままだ」
 そこまで言うと、少年は少女の栗色の髪に触れた。優しく、撫でるように。
「僕は、君を守りたい」
 その言葉に、少女の翡翠色の瞳が揺れる。
 少女は髪を撫でる少年の手を両の手で優しく包み込むと、目を閉じて言った。
「……行ってらっしゃい」



 早く、帰ってきて下さいね。
 待ってますから。

 ……そう言いたくても言えなかった、その理由。

 戦争に、子供がかり出される。

 それはその意味を、どこか片隅で、理解していたから……?





 濃紺の空に、満天の星。
「お嬢様、風邪を引きますよ」
 私はいつも、それを見上げた。
「大丈夫よ。春だもの」
 あなたも同じ空を見ていると、そう信じて。





 空は暗かった。
 それは遠く戦場から流れてきた煙のためか、それとも単に曇っているからか。
 少女にはわからない。
 ただわかるのは、今日は星が見えない、ということだ。
 少女は今日もテラスから、空を眺める。
「お嬢様」
 老齢の執事が、広い部屋の扉の脇から、少女の背に声を掛ける。
 また体の心配かと、少女はくすりと笑った。そんなに心配されるほど、自分の体は弱くはない。
 少女は灰色に淀んだ空を見ながら、執事に言った。
「大丈夫よ。いつも言っているでしょう? 夜だからって、そんなには冷えな」
「ニシュ様が、亡くなられました」
 少女の言葉に被せるように。
 少女の言葉を止めるように、執事は言った。
 少女は何も言わない。
 ただじっと、空を見上げている。
「……お嬢様」
 執事の口から漏れたその言葉は、ひどく沈鬱で、震えているように聞こえた。



 少女はテラスの淵に手を掛けたまま、呟くように言葉を漏らす。



「……私を守りたいのなら」

 あなたは星になったと言われても、

「ずっと、私の傍にいらっしゃいな」

 私にあなたは見つけられない。

「…………ばか」

 たとえこの雲が、晴れたとしても……。


   *fin*





 初めて戦争モノを書いた。
 もう「何だかなあ……」と言うしかない。
 もっともっと、色んなものが書けるようになりたい。