← プロローグ   二話 →



   *第一話 落ちた場所 〜Alece〜*



 憂鬱。
 ……普通はこんな言葉、毎日雨が降っていて外で遊べなかったり、洗濯物が乾かなくて他に何もする気がしないときに使うものなんだろうけれど、私の場合はそれとは違う。毎日晴れていて、外から――私と同じくらいの――子どもの遊んでいる声がする……それが、私の憂鬱。……憂鬱って言うより、これは嫉妬なのかしら? まあそんなこと、どうでもいいけれど。
 とにかく私は、あの子たちみたいに外で遊びまわることができない。……「できない」って言うよりは、「させてもらえない」って言ったほうが正しいかもしれない。
 私は、病気なの。……治る見込みのない、原因不明の病気だって、この前お医者様に言われたわ。
 そのせいで、お母さんが妙に過保護になって……まあ、私が元々病弱だから、過保護なのは昔からだったのだけれど、それがさらに酷くなって……今では家から一歩も出してくれなくなった。
 やっぱり私だって、外で思いっ切り遊びたいもの! 一度だけ自分の部屋(二階だけれど)から外に脱け出したことがあった。たった一時間だったけれど、帰ったらお母さん、凄く心配してて……泣いてたから、さすがにもう脱け出すことはできなくって……。
 だから少しは気を紛らわせるものがないかと思って、絵を描き始めたの。……でも、窓から見えるのはいつも同じ景色だし、子どもたちの遊んでいる姿も見える。
 ……もう、疲れちゃった。
 私、雨が好きなの。あの音を聞いていると、何だか、嫌なものが洗い流されていくような気がして……少しは、気持ちが楽になるの。でも、その雨も最近ちっとも降らなくって……。
 何だか、凄く重いの。
 物事が、悪いようにしか考えられない。
 最近、その……あんまり大声では言えない……って言うか、言っちゃいけないことなんだけど……死んだら、楽になれるのかな?とか、考えちゃって……。
 「……寝よう」
 起きていても、特にすることは何もない。だからなのか、最近寝ることが多くなった。
 それに、不思議な夢も見る。
 誰かが私を呼んでいて、その先に見える光の奥に、二つの人影がいる夢。……あの夢を見ていると、何だか心が落ち着く。
「また、見れるかな?」
 そんなちょっとした希望を胸に秘めたまま、私は静かに目を閉じた。



 ……なんだろう、この感覚。
 不思議な感覚だ。
 ふわふわと体が――いや、むしろ魂そのものが――浮かんでいるような感覚。
 ……幽霊っていうのは、こんな感じなのかな? あれ? じゃあ私、死んじゃったのかな……?
 でも、怖くない。
 ああ、何だか、落ちていく……ゆっくり、下に……。
 ……落ちていく……。



 私の上を、風が優しく撫でていく。
 ……風?
 あれ、それに何だか、冷たいものが頬に……。
「ん……」
 私はその感覚に、身をよじらせた。次いで、ゆっくりと目を開ける。
「……え?」
 私の思考は、一瞬停止した。
 どこまでも続く、緑色の草原。そして遥か上方には、青い蒼い空。
 ……それが今、私の周りにあった。
 外には違いない。でも、こんな草原が延々と続いて、空がどこまでも広がっているような場所……少なくともそんな所は、私の住んでいる町にはない。第一私は寝たはずで……お母さんが、外に連れて来てくれるはずもないし……。
 私はとりあえず、体を起こした。
「ようこそ」
「!?」
 突然後ろから声が聞こえて、私は反射的に振り向いた。
「俺たちの世界へ」
 その少年は、優しく笑って言った。その後ろに立っているもう一人は、私と目が合うと不器用そうに笑った。
 ……あれ?
 何だろう、この感じ……。
 私はこの光景を、見たことが……ある?
「あ……」
 思い当たるものがあった。一つだけ。
 あの、夢だ。
 そうに違いない。あの光の奥に見えた人影は、この人たちだ。背の高い人影に小さい人影……今私の目の前にいる二人と、シルエットがぴったり重なる。……まあ、小さいほうは、私より大きいみたいだけれど。
……人?
 この人たち、本当に人……人間なの? だって、耳が尖ってて、まるで、昔よく読んだ絵本に出てくる妖精……。
「ここって、死後の世界?」
「…………」
 ……え、何? 二人とも黙って……私、何か変なこと言った?
「……ぷっ」
 え、何?
「ぷはっ……あはは、あははははははっ!」
 な、何よっ! 笑わなくったっていいじゃない! ……私そんなにおかしなこと言った?
「死後の世界? 違うって。何でそうなるんだよ」
 小さい方が、お腹を抱えて苦しそうに笑っている。どうにか絞り出した声にも笑いが混じっていて……どうやら、かなりツボにはまっているみたい。目に、涙までたまっているし。
「じゃあ、ここは?」
 問いかけてみたけど……無駄みたい。小さい方は、近所のおばさんとの痴話みたいに手をパタパタさせて笑いをこらえようとしている……みたいだけど、全然駄目みたい。ひーひー言いながら笑ってる。
 その様子を見かねてか、高い方が心底あきれたように嘆息した。
「……ここは、死後の世界などではない。人間の内側……夢の中に広がる世界」
「夢……?」
 むぎっ。
「……痛いですけど」
「…………」
 何よ。そんな急に黙らなくってもいいじゃない。だって夢なら、頬をつねっても痛くないはずでしょ?
「……ここは、普通の夢とは少し違うんだ。話すと、長くなるんだが……。とりあえず」
「ようこそ、ってところかな?」
 もう笑いはおさまったのか、小さい方が最後の言葉を言った。
 ふわ……。
「?」
 え、今、何したの? 何かが、頭に乗ったような……。
 そっと、頭に手を伸ばす。
「花だよ」
 小さい方の声が聞こえて、私は顔を上げた。
「……!」
 一瞬、息が止まった。びっくりして。
 だって、小さい方の顔がすぐそこにあるんだもの。何であんた、そんなに顔近づけてるのよ。
 少しつり上がり気味のいたずら好きそうな赤い瞳が、じっとこっちを見ている。その瞳には、私が映っていた。
「この世界にしかない花なんだ。歓迎のしるし」
「あ、ありがと」
 私はその言葉を言い終えると、ばっと後ろを向いた。……だって、何でかわからないけれど、顔が凄く熱いんだもの。多分今私の顔は真っ赤で……もうっ。だってだって、男の子とこんな近くでなんて……初めてなんだもの。
 後ろで、小さい方がにししって笑ってるのがわかる。多分……って言うか絶対、向こうは私のように意識してなんかいない。……なんか、私一人バカみたいじゃない。
 ……そういえば、
「あなたたち、何者?」
 振り返ってみると、小さい方はもうすぐそこにはいなかった。二、三歩離れたところで、高い方と二人、並んでいる。
「ああ、そういえばまだだったっけ。俺たちはドリーマー。おまえを待ってたんだぜ」
「私を……?」
 意味がよくわからない。私を待ってたって……どういうこと?
「まあ、なんか色々と説明しなきゃなんないこともあるし……とりあえず、俺の家行こうぜ」
 家? ……まあ、行く所もないから、それはいいんだけど。それより……。
「ねえ、私はアレスって言うの。あなたたちは?」
 二人は一瞬きょとんとして、顔を見合わせた。……もしかして、本気で忘れてたの?
 小さい方が、びっと親指で自分を示して言った。
「俺はディアン」
 高い方は、あまり表情を表に出さないまま言う。
「私はコウという」
 そう。ディアンとコウっていうんだ。
 私は立ち上がると、二人に言った。
「さあ、行きましょう」
 ……何だかこれから、凄いことが起こるような気がする。



「俺たちがドリーマーってことは言ったよな? じゃ、そういうことだ」
「じゃ……って、それじゃあわからないわよ!」
 ディアンの豪く簡単な説明に、さすがの私も大声で言い返した。
 今居るのは、ディアンとコウの家……あ、それじゃあちょっと違うか。正しく言うとここはディアンの家。コウは、ここに居候してるってことになってるみたい。
「むー……じゃあどこから説明しろと?」
 ディアンが眉間にしわを寄せてうなる。
「全部ったら全部! いっちばん最初から!」
 当たり前じゃない。私は何にも知らないんだから。
 私の言葉に、ディアンがまたうなる。
 そんなディアンを見て、コウが嘆息した。
「ドリーマーというのは……そうだな、簡単に言ってしまえば、夢の妖精というところだろう。ドリーマーにも三種類あって、人間をこちらに連れてくるナビゲーターと実際に人間が心を癒すのを手伝うレイバラ。そして、レイバラのように心を癒すことはしないがその補佐をするエイド。……私とディアンは、ちょうどそのレイバラにあたる。そしてこの世界のことだが、はじめにも言ったとおりここは夢の中だ。夢の中の、その一番深い所にある。どんな人間でもこの世界だけは共通しているんだ。だから、もしかしたら他の人間に会うこともあるかもしれない……いや、そんな事は別にどうでもいいのだが。だから、あなたが今ここにいるのは、あなたの病んだ心をナビゲーターが察知してここに連れてきたからで……」
 あー、もう駄目。頭オーバーヒートしそう。
「あの、ごめんなさい。もーちょっと噛み砕いてくれませんか?」
 私が言うと、コウは喋るのをやめた。コウとしてはディアンの代わりに詳しく――それでもコウなりに簡単にしてくれて――この世界のことを話してくれたのだろうけど……私の頭が、それについていけない。
 するとディアンが、眉間にしわを寄せるのをやめて言った。
「だから、簡単に言うと俺たちは夢の妖精。ここは夢の中。あんたは最近なーんか色々と嫌なことがあって心が疲れてた。その心をリフレッシュさせるためにあんたは今ここにいる。それで、俺たちがそのお手伝いをするわけ。……これでわかった?」
「うーん。なんとなくは」
 本当に、なんとなくしかわからない。だって、話がファンタジーすぎるんだもの。夢の妖精だの、なんだの、って。
「おう。なんとなくでもわかればよし」
 ディアンがにししっと笑う。そして、びっと人差し指を立てて言った。
「あ、そうそう。これは補足なんだけど、あんたがここにいられるのは三日間。そんで、ここで起こることは夢だけど現実だから」
 ……は?
「夢……だけど、現実?」
 意味、わからないんだけど。
「そ。さっき、ほっぺつねって痛かったろ? 現実っていうのはそういうこと」
「ごめんなさい。何が何だか……」
 私が言うと、ディアンは立てていた人差し指をあごに持っていき、しばらくしてその指をあごから離すと手をぽんっとうった。
「この世界はまやかしなんかじゃなくて本物だから、ちゃんと時間の流れがあるんだ。だから、えっと……そう、この世界と外の世界とはリンクしてるんだ。例えば、あんたがここにいる三日間はあんたは向こうにはいなくて……」
「ちょっと待って。それ、どういうこと?」
 こっちにいたら、向こうにいない? だってこれは、私の夢でしょう?
「ここの場合特殊なんだ。魂だけが体から切り離されてここに落ちてくる。だからナビゲーターなんていう現実と夢の狭間で仕事をしているドリーマーがいるんだけど……。それで、切り離されているからには向こうに魂はないんだ。言っちゃえば、ここにいる間の向こうの体はただの抜け殻」
「抜け殻……?」
「……簡単に言うと、今、向こうにあるあんたの体は死んでる」
 …………。
 ……死んでいる? 今、私が?
 まさか……っ!
「あ、ごめん。俺の表現が悪かった。正しくは仮死状態……」
「どっちも同じよ」
 そう。どっちも同じ。死んでいるのも仮死状態なのも……。
「私、帰る。帰らなきゃ。だって、三日も死んでたんじゃ……もし、埋葬されでもしたら……!」
 わけがわからなくなってきた。目の前が、真っ白になってくる。
 がっ。
 誰かが、私の腕をつかんだ。
「落ち着けっ! 人の話を最後まで聞けっ! 三日とか言っても、ここと向こうじゃ時間の流れが違うから実際には二、三時間なんだよっ!」
 ぐらぐらと揺すられて、だんだん視界が元に戻ってくる。
 腕をつかんでいたのは、ディアンだった。
「……二、三時間なら、大丈夫だろ?」
「……うん」
 私は、ゆっくりとうなずいた。まだほんの少し、頭の中が錯乱している。深く物事を考えられない。
 ……でも、そんな必要はないのかもしれない。あまり深く考えすぎると、逆にわけがわからなくなるから……。



「あとは人参と玉ねぎと……」
 ディアンが、手に持ったメモを見ながらぶつぶつとつぶやく。私は、顔はディアンの背中に向いているものの、視線だけはせわしなく動いて町の中をちらちらと見ていた。
 ……なに私、こんなことにわくわくしてるのよ。ただ町の中を歩いているだけなのに……。そりゃあ最後に町に出たのは何年も前だし、ディアンに夕食の買出しに行こうって言われた時、正直言ってうれしかったけど……何もこんなにわくわくすることないじゃない。
 ……デートでもあるまいし。
「あ、おっちゃーん! 人参と玉ねぎと、あとジャガイモちょーだい!」
「おう、ディアンじゃねえか。ほらよ。……ん、なんだ? かわいいコ連れてよお。デートか?」
 ち、違いますっ!
 とりあえず心の中で叫んでみたものの、実際には体が固まって動かない。……顔、熱いし。私多分、また真っ赤になってる。
 八百屋のおじさんが、ニヤニヤしながら近づいてくる。
 ディアンが急に、私の肩を引き寄せた。
「そ。俺の彼女♪」
 ……え? ちょっと、ディアン?
「おお、そうかそうか。ディアンにもようやく春が来たか。……よしっ、この人参と玉ねぎとジャガイモ、半額でいいからもってけ! ついでに人参もう一本つけちゃうぞお!」
 おじさんが、涙を洪水みたいに流しながら言う。……それでも、半額なんだ。ただにはしてくれないのね。
 そんなおじさんともの凄く困っている私を見て、ディアンがにししっと笑った。
「なにマジにしてんだよ、おっちゃん。仕事だよ、しーごーとー」
「ああ、もう……わーってるって、そんなこと。無駄に水分出させないでくれよ。俺が感激屋さんなのは知ってるだろうが」
 ぐずっと鼻をすすりながらおじさんが言う。ついでに言うと、目に白いハンカチなんかをあてて。
「……ったく。ほら、半額でいいからもってけ。……おまけの人参は付けねえぞ」
「あんがと、おっちゃん」
 未練がましそうなおじさんの視線を笑顔で返して、ディアンが野菜を受け取る。
「ふに」
 いきなりディアンに頭を撫でられて、変な声が出た。
「買い物終了! ほら、帰るぞ」
「あ、うん」
 ディアンが私の手を引っ張る。
 ……なんか、さっきさ……『仕事』って言われて、ちょっと……寂しかった、かも……。
 でもこの気持ちは、ちゃんと言わないと、ディアンはわかってくれないだろうな……。



「うまいっ!」
 カレーを一口口に入れて、ディアンが叫んだ。
「なかなかやるな」
 コウも、一口食べて小さくつぶやく。
 私は手をぱんっと合わせて言った。
「良かったあ。料理なんて最近ずっとしてなかったから、変な味になってたらどうしようかと思ってた」
「私が手伝ったんだもの。変な味になんかさせないわよ」
 私の隣でディアンのお姉さん――アルジェが自信ありげに言う。するとディアンが口を尖らせて言った。
「姉貴は味見しただけだろー」
「うるさいわね、あんたは」
 二人のささやかな姉弟喧嘩(?)に、その場に笑いが起こる。見ると、コウも笑っていた。別に、大声で笑っているわけではないけれど……。
 ……?
「コウって……ディアンのお姉さん?」
「「ぶっ」」
 ディアンとアルジェが、同時にふき出す。但し、ディアンのほうは口にお茶を含んでいたらしく、勢いよく口からお茶が飛び出した。……汚い。まあ、私に被害はないんだけれど。
「おまっ……コウは俺の家の居候だって言っただろ!?」
 ……あ、そうだっけ? すっかり忘れてた。
「第一」
 ディアンが頭を抱えて言う。
「……コウは男だ」
 ……はれ? そうなの? 今まで――とか言っても今日はじめて会ったんだけれど――ずっと女の人だと思ってた。だってだって……男の人には、見えないんだもの。赤紫色の瞳はとってもきれいで、その眼は優しくって、首の後ろで束ねている薄紫色の髪もとってもきれいで……。それに、背は高いんだけれども決して太っているわけじゃなくって……はっきり言ってモデル体系。
 理想の女性そのまま……って言うか、うん、そう。
 でも、男の人だったなんて……。
「あ、あのっ。ごめんなさい」
「……別に、謝ることはない。こんなことは日常茶飯事だ。……布巾を取ってくる」
 そう言って、コウが席を立つ。コウの表情は、いつもと変わらなかった。……本当に、気にしてないのかな? 大丈夫かな?
 私が心配そうにコウの背中を見ているのに気がついて――かどうかは正直わからないけれど――、ディアンが小さな声で言った。
「あいつ、ポーカーフェイスって言えば聞こえはいいけどさー」
 その声に、コウからディアンに視線を移す。ディアンはテーブルに頬杖をついて――しかも器用にふきこぼしたお茶で濡れてないところ。早くどうにかしてよこのお茶――ぼうっとコウの方を見ていた。
「ほんとのとこは単に無愛想で無表情なだけでさ、滅多なことでもないと表情変わらないから、考えてることわかりずらいけど……」
 ディアンが、こちらに顔を向けた。
「ほんとはけっこう気にしてるんだって、あいつ」
「うー、どうしよう。もう一回謝ってきたほうがいい?」
「あ、いや。そういうことじゃなくって」
 ? じゃあどういうことなのよ?
「アレスの言ったこと自体は、そんなにショック受けてないと思うよ。ほんとに日常茶飯事言われてることだから。多分それより、自分がかなり女顔っていうのを再認識して、そっちのほうがこたえてるんじゃないかなー?」
 あの、慰めになってないです。今の。だって、私がコウに……女顔っていうことを再認識させちゃったわけでしょう? ……やっぱり、もう一度謝ってこようかな。
「待ーて」
「え?」
 イスから立ち上がってキッチンの――つまりはコウのほうに行こうとした私を、ディアンが腕をつかんで引き止めた。
「止めとけ」
「……なんで?」
 私は微妙に口を尖らせて言う。いいじゃない、もう一回謝ったって。
「あいつ、人に気を使われすぎるの苦手なんだよ」
「……無愛想で無表情だから?」
「まあ、な。あいつ、他人との接し方、へたくそだから」
「そうなんだ」
 いるよね、そういう人。……って言うか、私もその部類に入るのかな? 今はこうしているけれど、前は本当、他人と上手く馴染めなかったりしたから。なんとなく、コウの気持ちわかるかも。
 ディアンが腕から手を放すと、今度はその手をひらひらと振った。
「それじゃ、アレスはもう寝なよ。部屋は――さっき教えたよな?――あの部屋使ってくれな。なんかわからないことがあったら姉貴に言って。部屋、すぐ隣だから。じゃ、そういうことで。おやすみ」
 え? え? 何? 何だか急に、しかも勝手にことが進んじゃった気がするんだけれど。
「え。でも、まだ片付けとかあるし」
「あー、それはいいわよ。私がやっておくから」
 アルジェがニコニコと笑って言う。むー。何だか申し訳ない気がする……けれど、ちょっと楽もしたいような……。
「あ、じゃあ後のことはお願いします。おやすみなさい」
「おう、おやすみー」
「おやすみなさいねー」
 結局、楽をしたい気持ちのほうが勝ったわけだ。まあ、二人の気持ちも無駄にしちゃあいけないし、ね。



 そういえば……そういえばなんだけれど、ね。今さらと言えば、そうなんだけれど……。
 私って、どうしてこの世界にいるんだろう。
 だって、確かに私は死にたいとか思ったりもしちゃったけれど、でもその根源にあるものは病気だし。……病弱な、この体そのものだし。
 心は治っても、もしかして、体は……。


← プロローグ   二話 →


Photo by Natuyumeiro