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   終章


 白いレースのカーテンを通り、今昇ったばかりの太陽からの淡いオレンジ色の光が、室内に入り込む。
 壁に掛けられた丸い時計の針は、五時を示している。
 イーグレーンの住宅街に建つ中層マンションの一室には、消毒の臭いが充満していた。
「会社に連絡しといたから」
 言いながら、リオはソルフの左腕の傷に消毒液に浸された脱脂綿を押し付けた。それにびくりとソルフの腕が反応するが、すかさずリオがばしっと叩く。流石に、叩いたのは傷とは別のところであるのだが。
「あそこの事後処理は、うちの社長が何とかしてくれるわ」
「……そう」
 ソルフが前方にある時計を見つめながら、小さく答える。
 リオは消毒を終えたのか、脱脂綿を部屋の隅のゴミ箱に投げ捨て、テーブルの上に置いてある軟膏を手に取った。それをソルフの傷口に塗り込む。
 リオが、ぽつりと漏らすように言った。
「……本当に、あれで良かったの?」
「何が」
 その返答に、リオは嘆息して言った。わざわざ聞かなくとも、わかっている筈である。
「トレドのことよ。あいつ、アカツキのことよく知ってるみたいだったじゃない。それに」
 そこで言葉を切ったのは、テーブルの上の包帯を手に取るためか、それとも単に間が欲しかったのか、どちらかはわからなかったのだが。
 リオは、口を開いた。
「それに、気になるんでしょう? その……ティレニアって人のこと。あいつに聞けば、全部……」
「関係ない」
 呟くように、だがはっきりと、ソルフは言う。
「関係ないし、興味も無い。オレはソルフだ。アカツキじゃない」
 一瞬その言葉にリオはきょとんとし、次の瞬間には笑みとともにため息を漏らした。
 彼がこういう答えを返すことは、初めからわかっていた筈なのだ。
 リオは包帯を巻く手を休めることなく、言う。
「そうね。変なこと言って、悪かったわ」
「何で謝る!?」
 びくりとイスごとずるように――実際イスは動きはしなかったが――ソルフが動き、驚愕の表情でリオを見る。
 そのソルフの妙にオーバーな反応にリオはむすっとし、睨みつけるようにしてソルフに言った。
「何よそれ。まるで私がそういうキャラじゃないみたいな……ま、いいわ。はい、終わり」
 ぽんっと、巻き終わった包帯の上からソルフの腕を軽く叩く。
 ガタンと、ソルフが立ち上がった。その右手には例のように、刃の部分を隠すように布の巻かれた槍がある。
「じゃ」
 ソルフはそう一言言い、背を向ける。
 リオは笑顔でその背中に手を振り、言った。
「ええ。それじゃ。……って、ちょっと待ちなさいよ!!」
 ガタンと、下の階の住人にははた迷惑な音を立ててリオが立ち上がる。
 その右手は、しっかりとソルフの左手首を掴んでいた。
「?」
 ソルフが疑問符を頭に浮かべながら、振り返る。
 そこにあるのは、リオの引きつった笑顔。
「あんたまさか、ただ飯食らってはいさよならって……そんなことが許されるとでも思ってる?」
 リオをしばし見つめ、躊躇うようにソルフが言う。
「……ここにいると、またあんたに迷惑が」
 リオのソルフの腕を握る手に力がこもり、リオはソルフの目を真っ直ぐに見つめて言った。
「迷惑ならねえ、もう十分掛けられてるの! 食費・電気・水道代、それに居候代に迷惑料……とにかくあんたには、きっちり働いてもらいますからね!」
 そう自信満々に言ってニヤリと笑うリオを、ソルフはただ呆然と見つめていた。


アカツキ 完


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